創業50年になる塗料屋の二代目です。趣味は遠くは海外近くは温泉旅行です。世界35カ国旅し好きな国はスペイン、音楽はフラメンコ。下手なギターを時々弾いています。


by y-tauchi
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沖縄尚学 春の甲子園優勝おめでとう。

今年、2008年の春の甲子園。
沖縄尚学高校が、埼玉県の聖望学園を9-0の大差で破って、
2度目の甲子園制覇を成し遂げた。

去年の夏の甲子園佐賀北高に続き、九州、沖縄の
高校が優勝とは、本当に嬉しい。

以下、いつも拝見している弘中勝氏の[発想源]より抜粋。 
 
沖縄の高校が初めて甲子園の土を踏んだのは、
1958年夏の全国高等学校野球選手権でした。

当時は現在のように、
出場校が各都道府県1校ずつではない時代でしたが、
この大会は「40回記念大会」ということで、
大会史上初めて、各都道府県から47校が出揃いました。

開会式の行進で拍手の喝采を浴びたのが、
初めて沖縄から甲子園出場を果たした首里高校でした。

当時の沖縄は、まだアメリカの管理下にあったからです。
(つまり正確にはまだ「沖縄県」ではなかった)
アメリカ領にあった沖縄からの出場選手たちに、
祖国の人間である観客たちは熱いエールを送ったのです。

話題が集まった遠来の首里高校は、
1回戦で福井県代表の敦賀高校に3-0で敗れてしまいます。
敗戦ではありますが、観客たちから温かい声援が送られました。

残念ながら涙を飲んだ首里高校の選手たちは、
いわば祖国の土でもある「甲子園の土」を袋に詰め、
沖縄に帰って帰りました。

ところが、まだ「国外」であった沖縄に入る時に、
外国の土を持ち込むのは植物検疫法に触れるということで、
首里ナインが持ち帰った甲子園の土は、
無情にも海岸に焼き捨てられることになるのです。

このニュースは、日本国民に大きな衝撃を与えました。
まだ戦争の跡は残っているのだと、
日本人の誰もが認識させられたのです。

そのニュースに心を痛めた一人のスチュワーデスが、

「土が駄目なら、せめて代わりに…」

と、土の代わりに「甲子園球場の小石」を拾い集め、
首里高校の選手たちに贈りました。

甲子園出場を記念して校内に建立された「友愛の碑」には、
その甲子園の小石が野球場の形に並べられて刻まれています。

その後、沖縄は日本に返還されますが、
このエピソードが、
その返還運動を加速させた外因の一つになったとも言えるでしょう。

国際問題はともかく、
甲子園出場を果たしながら土を持ち帰れなかった高校生たちには、
その代わりに甲子園の小石を贈られたことで、
どれほどの喜びが心に灯ったことでしょう。

法律での規制や危険性など様々な理由により、
「商品を持ち帰れない」
「サービスを受けられない」
といった不都合を被るお客様が出てきた時に、
 
「残念だけど、せめて代わりに…」と、
代替案や代替物を考えられる気配りや思いやりが、
人の心を大きく救うかもしれませんね。

店長より、う~んいつも為になり、又感動する話有難う御座います。

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by y-tauchi | 2008-04-11 07:31 | 高校野球・箱根駅伝